毎日が告別式

人生どん詰まり元芸大生のブログ

好きになった男がやばい奴だった(再熱編)

 

osakanafurby.hatenablog.com ↑前回

 

 翌日、希死念慮と感動の邂逅を果たした私は、精神科に向かった。リーゼを貰った。めっちゃ効いた。しかし発達障害なので2日で無くした。やばい。部屋中探したけれどみつからない。しかしもう一度病院にいく元気はない。そして生理がこない。これまでぴったり28日だった生理周期が、完全に狂ってしまった。

 

 500円玉貯金を崩した。このままではメンタルが死ぬので、家から徒歩数秒の距離にある熱帯魚屋でベタという魚を買った。強い魚なので、とくにポンプもフィルターもいらない。(あった方がいいが)私の住んでいるシェアハウスは、とにかくブレーカーが落ちる。すぐ落ちる。自室のある二階は特に酷い。なのでこれまで水槽は一階のリビングに置いていたのだが、あまりリビングにいると奴とのエンカウント率があがるので長居はできない。しかし自室には移せない。フィルターとヒーターとポンプの電力に耐えられるか怪しいからだ。あと単純に水替えがしんどい。現在は、毎日三度の餌やりの時だけリビングに行き、一瞬で餌をやり、体調をチェックし、奴が出てこない時間を見計らって週に一度水替えをしている。しかし寂しい。魚がいないと寂しい。もっと魚をじろじろ見たい。

 

 なので、電源なしで飼えるベタを購入した。熱帯魚なのでどうしても冬場はヒーターがいるので、その時はリビングに引っ越しさせる。でも今だけは自室で一緒だ。毎日じろじろ見ている。めっちゃ威嚇される。名前はにじうお君。子供の頃に読んだ「にじいろのさかな」という絵本に出てくる、綺麗なうろこを持った魚にそっくりだった為、そう名付けた。ここ最近、バイトと演劇の稽古(リモートでやっている)以外では魚としかしゃべっていない。もうだめだ。誰も信じられない。魚しか信じられない。

 

 私は奴のことが好きだった。本当に好きだった。だから、奴の「問いかけに答えようが無視しようがそれは自分の自由であり、その結果自分が損をすることになってもそれはそれで仕方がない」「僕の無駄になった時間」という意見が無茶苦茶無茶苦茶無茶苦茶ショックだった。人の気持ちを考えられない奴だな、と思っていた。でもまさかここまでとは思わなかった。損得でしか考えられないのか。無視された相手の気持ちは考えられないのか。私は、奴は人の気持ちがわからないなりに、人の痛みに寄り添える人間だと思っていた。だから何度地雷を踏まれても、その都度見ないふりをしてきた。

 

 そう、見ないふりをしていたのだ。恋は盲目とはよく言ったもので、今思い返してみれば、奴は「やばい奴」である片鱗を今まで何度もみせていた。例えばある日、奴がとある飲食店に行った。しかし、特に混雑していた訳でもないのに、注文した料理がいつまでたっても来なかったという。店員(外国人)に確認したら、特に謝るでもなく、やっと料理を持ってきた。それが非常に不快だったという。まあわかる。「二度ときませんって言った」という。いや、まあ、気持ちはわからないでもない。しかしそれわざわざ言う必要あるのかな……。さらに「俺は時間単価いくらの○○(職業名)だぞ」とか言ってくる。えっやばない???

 

 またある日のこと、シェアハウスの隣の土地で工事が行われていたのだが、その作業員がちょっと感じが悪かった。丁度その時、庭で劇団の大道具を作っていたのだが、私たちの会話をきいて「関西人だ」とか、ヒョウ柄の靴をみて「うわほんとにヒョウ柄だ」みたいな感じの事を言われたのだ。その話を奴にしたら、かばってくれたつもりなのだろうか、フォローしてくれたつもりなのだろうか、「あいつら僕らがいないと仕事ないのに」とか言う。えっやばない??????

 

 一度蓋を開けたら、次から次に嫌な思い出があふれてくる。私はなんでこんな男のことが好きだったのだろうと絶望した。いやでも、あのときのあんな姿が好きだったとか、こういう所が好きだったとか、それもまた真実なんだよな。誕生日に「パラパラ漫画あげる」って言われて、めくったらハッピーバースデーと書いてあって、それを読んでる隙にプレゼントもってきてくれたり、毎晩のように遊んでくれたり、将棋のことを教えてくれたり、私の面倒な質問にも答えてくれたり、疲れてリビングで寝ていたら布団をかけてくれたり、私の自己肯定感を蘇らせてくれたり、結果希死念慮をとっぱらってくれたり。それもまた真実なんだよな。まあまた希死念慮爆誕してんけど。

 

 前回も変な男にひっかかってしまった私は、「なんて見る目がないんだろう」と落ち込んだ。すると、それを見た友人がこんなリプライをくれた。

 

「何年か前に気づいてんけどな、男を見る目がないのではなくて、人が気づかない細かいその人の『いい所』を見つけるの上手いっていう場合もある。みんなからみてあんまりな人でも、この人のここが! みたいな。まあ、みんなからみてどう見てもいい所が多い人と一緒にいる方が幸せになりやすいけどな」

 

 泣いた。映画化しようかと思った。この友人は本当に人の良い所を見つけるのが上手い。そういえば、彼女と知り合ったのも上京してきてからだ。奴のおかげで自己肯定感が生まれた、とばかり思っていたが、よく考えてみたら、今の私の身の回りには、私の事を肯定してくれるたくさんの人がいる。だから、そのうちの一人があかんかったからって、別に私が落ち込む必要はないのである。

 

 それに、今回の件は、別に奴は悪くないのだ。奴は好き勝手に生きているだけで、私がかってに「いい奴」だと思い込んでいただけなのだ。勝手に「いい奴」だと思い込んでいた奴が、「やばい奴」だと判明して、勝手に裏切られた気になっているだけなのだ。そう、別に奴は悪くないのである。

 

 が、しかしである。まだ話は続く。奴が企画した飲み会、それは、シェアハウスに住む友人Aの誕生日祝いも兼ねていた。友人Aはとてもいい人で、ここに引っ越してきてから、私が最初に心を開いたのもまた彼女である。しかし、色々あって飲み会は参加できない。だから、ケーキだけ作ることにした。彼女だけでなく、シェアハウス内の人間の誕生日には、よくケーキを作る。その人の好みに合わせてワンホール作るのだ。


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 そして、飲み会の前日にケーキが完成した。シェアハウスの共同ラインに写真を送り、「切るときは包丁を温めてね」と伝えた。そして飲み会の翌日、冷蔵庫をあけると、綺麗に全部残っていた。まったく手をつけられていなかった。さらに、すぐ近くに、それとは別の大きなケーキの箱が置いてあった。

 

 冷静に考えたら、「あとから食べようと思ったんだろうな」と思えたんだろう。しかし奴の件で精神が死にかけていた私にとって、それは致命傷だった。泣いた。声を出して30分くらいぎゃーぎゃー泣いた。もう何もかも無理だと思った。

 「ケーキいらなかったね。捨てとく」と子供のようなメッセージを共同ラインに送った。すると、友人Aとはまた別の人から「あれ昨日用だったの?」と返信がきた。「みりんちゃんがいるときに食べようと思って」と、何故か友人Aではなくまったく別の人がそうフォローしてくれた。

 いやそんなことってある? ハッピーバースデーって名前まで書いて、当日いないから切り方まで書いたのに、昨日用って思わなかったってそんなことある? しかもわざわざ別の新しいケーキまで用意して?

 

 聞けば、その新しいケーキは奴が用意したのだという。

 

 えっえっえっえっえっ。また泣いた。最近すぐ泣く。私がケーキを用意するか直前までわからなかったから、ケーキを発注してしまった。ということらしい。

 

は??????????????????????????????

 

 私は友人Aの誕生日ケーキの事を、奴に何度も相談していた。どんな味付けが好みかな、誕生日は家にいるかな。最近ずっといないから、いないなら作ってもしょうがないし。そうなんども相談した。それで、作るかどうかわからなかった????????そらいないなら作らないとは言った。しかし奴が誕生会を兼ねて飲み会をすると言った。じゃあ居るからイコール作るってことになるやろ???????えっならん????????????????えっこれ私が間違ってる??????????????え???????????????????????????????????????????????

 

 

 それまで奴に対しては絶望とか恐怖しかなかった。今までうまいうまいと食っていた肉が、実は人肉だったと判明したときのような気持ち。しかし、ここで初めて怒りが芽生えた。無理。無理。無理。殴り飛ばしたい。無理。ありえんやろだって。えっこれ私がおかしい?????????????ねえこれ私がおかしい?????????????????????????????????????????????????????????????????えっさすがにあいつが悪くね??????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????

 

 

 

 もうすべてが無理なのである。

そんな奴との思い出を元に作ったリモート演劇をやります。

詳しくはこちら。

note.com

 

 

 

 

 

 

 転んでもただでは起きねえ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

おわり。

 

好きになった男がやばい奴だった(地獄編)

 

osakanafurby.hatenablog.com

 ↑前回

 

  自粛が始まってから数か月。飲みに行きたいがぐっと我慢。遊びに行きたいがぐっと我慢。「今年の夏は絶対海に行こうね」なんて友人と話していたのにそれも我慢する日々。しかし海には海水浴客があふれ、バイト先である飲食店には毎晩多数の客が来店する。そろそろ自粛も馬鹿らしくなってきた。

 

 そんなある日、ツイッターでとある水族館を紹介するツイートを見つけた。森の中にある幻想的な水族館。私は魚が大好きなので、ちょっと遠いが絶対に行きたいと思った。しかし一人で行く勇気はない。

 

 そこで私は何をとち狂ったのか、奴を誘ってしまった。私は趣味でアクアリウムをやっているのだが、奴も興味を持って色々協力してくれていた。なので、きっと魚に理解のある奴とならそこそこ楽しかろうと、深く考えもせず誘ってしまった。

 

 それが間違いだった。私はあまり、人を遊びに誘わない。断られることを想像したら悲しくなるのと、「私なんぞに誘われて迷惑じゃなかろうか、気持ち悪くなかろうか」と考えてしまうからだ。だから仲の良い友人であっても、めったに自分からは誘わない。誘わない、はずなのに、自粛自粛で遊びに行きたい欲が限界まで来ていた私はついうっかり、奴を誘ってしまった。

 

 ラインを送った。しかし待てど暮らせど返信が来ない。そして数時間経ってやっと、意味のわからないスタンプが一つ送られてきた。ウサギが寝ているスタンプである。また濁された。また濁されたのである。

 

 その瞬間、私の中で奴への気持ちがゼロになった。断ってすらくれないのか。そうだ、それまでだって、好きだと言うのは伝わっていただろうに、振ってすらくれなかった。もう無理だと思った。リビングに行くのをやめた。

 

 それから数日後、シェアハウスのグループラインで、奴が飲み会をしようと言い出した。提示された日は遅くまでバイトだし、翌日も朝からバイトなので参加する気はさらさらなかったのだが、性格の悪い私は、奴が使っていたのとまったく同じスタンプをわざわざダウンロードして、参加するか否かの回答を濁した。「回答を濁されて困る気持ちを味わえ」と思ったのだ。

 

 そして翌日、奴から「飲み会どうする?」と個人ラインがきた。どうする? どうするって何が? やはり性格の悪い私は、「あなたと同じようにスタンプで回答しましたが」と言った。「それは知ってる。で、どうする?」

 

 私の中で何かがぷつんと切れた。「で」って何だ。「で」って? 私からの誘いには回答を濁しておきながら、自分への回答は求めるって何だそれは? 「で」って何だよ、「で」って。そこで私はぶちギレてしまった。奴は私が何に怒っているのかわからないようだった。それがさらに私の怒りを掻き立ててしまった。

 

「人が質問しているのに意味の分からないスタンプで回答をごまかされるのが非常に不快なのですが理解できますか? 嫌なら断ればいいだけの話なのにそれすらしてもらえない気持ちがわかりますか? 同じことをしておいて、『で、どうする?』とかよく言えますね、凄いわ。バレンタインの時もそうですけど、スルーしてごまかして翌日普通に話しかけたら全部元通りなんですか? その時の私の気持ちはなかったことになるんですか? 断るのすらしてくれないって何?」

 

 「不快にしたならごめん」と言われた。しかしそれでも奴はわかっていないようだった。それから私は、バレンタインの件は告白したつもりだったこと、水族館に誘って回答をごまかされたことにひどく傷ついたこと、ついでにここ最近の会話の貧しさについて、そして飲み会には参加しない事を伝えた。

 

 奴は「ちゃんと答えるから待ってくれる?」と言った。しかし私の中では水族館の回答を濁された時点でもうすべてがどうでもよくなっていたので、今更何も答えて欲しいとは思わなかった。それに翌日も朝からバイトなので早く寝たかった。しかし奴が私と向き合おうとしてくれているのに、それではあんまりだとおもって「わかりました。でも無理しなくても大丈夫です」と伝えた。

 

 そして奴から来た長文のライン。「まずは、もう一度、ありがとう。渾身の勇気、ここではすごく伝わってます」という文から始まった。まず奴は恋愛に対して臆病になっていると言う。そして、私が好きなのはなんとなく察してはいたが、「いろんな怖いこともあって、明確でないと受け付けようとしない自分がいる」らしい。水族館の件については、行きたい気持ちもあったが、忙しさや上記の件等がないまぜになって、変な回答になってしまったと言う。

 

 そしてここ最近の、会話の薄さや無視されたりする事に対しては、「自分の中では無視したことはない。集中していることはある。無視やら反応薄いとか言われたことはある。でもこれ『思われること自体』は僕のコントロール下にないので、僕はこれと付き合うしかない。避けるには、直す事になるけど、これは生活に支障をきたすのでできません」

 

 ん?

 

 そして、私が好きなのは察してはいたが、それは「自分でなくてもいいのでは」といったようなこと。「付き合えません」というお断り。

 

 ん?

 

 あれ、こいつはどの次元にいるのだろう。なんでこいつはまだ自分が振る立場にいると思っているのだろう、そして「渾身の勇気伝わっています」という表現。あれ、なんだろう、なんだこの感情。なんだかとても、気持ち悪い……? 今更告白の返事をもらったところで、私は奴に対してもう何の感情もないし、そもそも付き合ってくれとは一言も言っていなかったので非常に困惑した。しかし今考えてみると、そう答えられても仕方がない気がする。

 

 私としては、「お前にありとあらゆる回答をはぐらかされ続け、水族館の件が決定打となり心が死亡した為、最後に私も回答をはぐらかしてみました、飲み会は参加しません。ほら痛みがわかったか。はい終わり。もう終わり」というつもりだったのだが、奴はまだ私の好意が現在進行形であると解釈したのだろう。まあこれは、仕方ない。私の言葉足らずが原因だ。

 

 そして、一番引っかかったのが、これ。「くれないって言葉が印象に残っていて、それは、『あなたに対しての思い』なのではないか……そこに僕は入っていないかもしれないし、入ってなくてもおかしくないし、別人に入れ替えても矛盾はないのではないか……。その概念を使うことは、僕の中にはない」

 

 ちょっと何を言っているのかわからない。これは、私が「振ってすら、断ってすらくれないのか」と言ったことへの返答である。くれないくれないって、まるで私が奴に何かを求めまくっていたかのような言い草である。私が奴に求めたのはただ一つ、質問に返答してほしいというそれだけだ。くれないくれないうるせぇなエックスジャパンかよクソが。

 

 たとえば「水族館にいってくれなかった!」とか「つきあってくれなかった!」とか私が喚いていたとしたら、それはたしかに奴の言う通りである。しかし私が求めたのはただ一つ、回答だけなのである。嫌なら断ればいいだけの話なのだ。そんな人間として最低限度のコミュニケーションですら「くれない」だと押しつけがましく言うのであれば、お前とのコミュニケーションは難しい。

 

 そう伝えたところ、奴からの返信は

 

奴「なるほど。じゃあ、やっぱ難しいのでは。まずは……どの次元にいようが、たとえ子虫だろうが、僕は他所の評価には興味がない。リアクションするか、黙るか考えるか、僕の責任範囲であるのではない? 下手うったら僕の損かもしれないけど。それはそれでその時の選択だから構わない。仕方ない。」

私「お前は人の気持ちがわからないから、と何度も冗談のようなトーンで言ったが、それを改めて感じている。そもそも相手を対等な存在だと思っていたのなら、リアクションしないという選択肢は生まれない。『回答を濁された当人がどう思うか』が勘定に入っていない。自分の損得だけではなく『相手を傷つける可能性』を考えられないのか。」

奴「その点については、そうなのかもね。それだけ気を付ければいいのなら、そうしてるかもしれない。思うように思っててよ」

 

 吐くかと思った。私はいま精神をぶっ壊していて精神科のお世話になり生理も止まってしまい軽く地獄にいるのだが、その一番の原因がこれである。きっと奴は振られたからショックなのだろう、拒絶されたからショックなのだろうぐらいに思っているのだろうが、それは断じて違う。私はこんなやばい奴のことが好きだったのかと、私の好きな男はこんなやばい奴だったのかと、それがショックだったのだ。

 

 大学生の頃、原付のマフラーが盗難にあった。怒った。私は無茶苦茶に怒った。私がマフラーを失ったことに対してではない。「他人の物を平気で盗む人間がいる」という事に怒った。それと同じだった。こんな人間がいるのか。こんな自分さえよければそれでいいみたいな、いやいるんだろうけど、それがまさかこんなに身近にいたなんて。私の世界にすらこんな奴がいたんだ。そして私はこんな奴のことが好きだったのか。

 

 脳みそを何度も殴打されたような衝撃の中、なんとかラインを続けた。奴の長文に対してすべて返信した。すると「よみました! これも何か言わないとだめ?」

 

 病気なのか?????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????・

 

 いや何も言わなくていい。ていうか私はお前に回答を求めていない。いやかつては求めていたけど水族館の件を濁された時点でもう全部どうでもよくなったのでもう求めていないのだ。しかし最後に反撃をしてやろうと、飲み会の回答はぼかした。しかし奴は今更ながらかつて欲しかった回答をくれた。だからそれに対して私も返信をした。それだけである。それを「なんかまだ言わないといけない」ってやばない??????????????????????????????????

 

「読んだし、あなたの考えていることはわかったけど、何を思えばいいの? ただのやり返し? 時間削られたところの、こちらの気持ちはどこに行く?」

 

 えっ?????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????

 

 

 

 

 

 

寝ました。

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好きになった男がやばい奴だった


 タイトルの通りである。好きになった男がやばい奴だった。遡ること2年前、私はクソ男という言葉を具現化したような存在と付き合っていた。それによって精神がズタボロになり、生理周期がめちゃくちゃになり、「あれと過ごした部屋に一秒たりとも居たくない」という思いから引っ越し先を探していた。そして出会ったのが現在住んでいるシェアハウスである。

 

 住居兼コミュニティスペースを謳ったこのシェアハウスは、まさに私の求めていた場所だった。まず広い。古い日本家屋なのだが、私の実家や親族の家より普通に広い。今この文章を書いている自室も、普通に実家の自分の部屋より広い。そしてキッチンも広い。田舎のおばあちゃん家といった感じで、作業スペースが十分にある。調理家電も揃っている。それまで独房のようなワンルームの取ってつけたようなキッチンで自炊していた私にとって、それは夢のような台所だった。

 

 そしてリビング。ここでは定期的にイベントが行われる。去年の12月にはクリスマスパーティーが行われ、2月には餅つき大会が行われた。毎回たくさんの人が訪ねてきて、そのたび新たなつながりが増える。私は劇団を主宰しているのだが、そこで出会った人々が公演に来てくれるなど、自身の活動の助けにもなってくれている。

 

 劇団の作業場としてもリビングを使った。庭もつかった。舞台の大道具製作のため、庭にブルーシートを引き、木材を切ったり叩いたり色を縫ったりした。通常劇団では、こういった作業のためだけに場所を借りる必要があるのだが、このシェアハウスのおかげでその分の予算を浮かせることができた。また、読み合わせ(台本を声に出して読むこと)もリビングで行った。打ち上げもリビングで行った。いつの間にか、このシェアハウスが、特にこのシェアハウスのリビングが、大好きな場所となっていた。

 

 しかし現在、私はリビングには極力近づかないようにしている。奴とエンカウントするのを防ぐためだ。

 

 奴と出会ったのは一年前。この建物の内見に来たときだ。ちょうど何かの飲み会の最中で、奴は酒に酔って顔を真っ赤にしていた。「変な髪形だし顔は赤いし変なしゃべり方だしきもちわるいなコイツ」。これが奴の第一印象である。まさか自分が、この変な男に惚れることになるとは、その時は夢にも思わなかった。

 

 入居から数か月後、自身の劇団で公演を行うことになった。芝居のタイトルは『わたしのエビダンス』。フェミニズムをテーマにした話だ。脚本を執筆するにあたって、身の回りの男性からたくさん話を聞いた。そして当然、奴にも聞いた。

 

 かなり面倒な質問をたくさんしたと思う。しかし奴はしっかり考えて、すべての問に答えてくれた。奴は公演に協力的だった。例えばある日、リビングでとある団体が飲み会を行っていた。公演の告知をしようと、チラシを持って「宣伝させてくださーい」とリビングのドアを開けると、すでに全員がチラシを持っていた。奴が宣伝してくれていたのだ。

 

 話は変わるが、私は自己肯定感が低い。すぐに自虐的な事を言ってしまう。これは、人から非難される前に自虐することによって、ダメージを減らそうといういわば自己防衛なのだが、はたから聞いていてあまり気持ちの良いものではない。それは理解している。理解しているのだが、どうしても自虐的な事を言ってしまう。

 

 ある日、私がまた何か自虐的な事を言った。すると奴が怒った。私が自虐的な事を言うたび、奴は怒る。それが何度も続くから、すっかり言えなくなってしまった。そして、奴はやたらと人を褒める。私が料理を作るたび褒めてくれる。たまに「あんまりおいしくないかもしれない」などと自虐的に言ってしまっても、「今までそんなこと一回もなかったじゃん」と言ってくれる。いつしか奴を好きになっていた。

 

 いやしかし、これは恋なのか? ただの憧れではないのか? 優しくされたから錯覚しているだけなのでは? などといろいろ考えた。そもそも、恋とはどこからが恋なのか。

 昔、バイト先で気になっている先輩がいた。周りがクズばかりのなか、その先輩は特別だった。どんなに忙しい時でも、その料理はこうした方がいい、などとアドバイスをくれ、二人で汗だくになりながら働いた。楽しかった。先輩と働ける日は楽しかった。

 

 「あれ? もしかしてこれは恋では?」ある日ふと思った。そしてありとあらゆる人に相談した。確かに好きだ。好きだけれども、別に彼とどうこうなりたい訳ではない。視界に入っていただけるだけでありがたい。一緒に働けるととても楽しい。「それは恋だよ」「恋を越えて愛なんじゃない?」などといろいろ言われた。自分でもそうなのかもしれないと思ってきた。そんな中である日、テレビで推しを見かけた。「あっこれだ」と思った。私が彼を好きなのは、推しを好きなのと同じ気持ちだ。まあ広義では恋なのかもしれないが、とにかく先輩の件は私の中でけりが付いた。

 

 しかし奴は別だった。どうこうなりたいと思ってしまった。小学生の頃から希死念慮を抱え、自己肯定感が枯渇していた私に自己肯定感を与えてくれた。前向きにさせてくれた。いつしか希死念慮も消えていた。好きだった。バレンタインにはチョコを作った。恥ずかしかったので無言で渡した。ホワイトデーにはお返しをもらった。

 

 無言で渡したのがまずかった。やはり言葉にしなくてはいけなかった。ある日の夜、これまたリビングで、私は勇気を振り絞って言った。「バレンタインにチョコ渡したやん。あれ義理チョコじゃないって知ってた?」 文学だ。これは文学だ。我ながらセンスが良すぎて吃驚した。

 

 しかし奴には伝わらなかった。「手作りだったから、そうなんだろうね」と奴は言った。「は? 手作り? 手作りだったらイコールで本命チョコになるのか? なんだその純朴な世界観。童話か?」と思ったが、そんな事を言ったら相手が傷つくのでぐっと堪えた。すると奴は続けて、「不満?」と言った。

 

 「不満? 何が? あ、もしかして、私はバレンタインに本気の手作りチョコを渡したのに、それに対してあのお返しは何だ、みたいな意味にとったってこと? え? は?」脳みそがフル回転ののちにフリーズした。やばい、こいつはやばいぞ。フリーズした脳みそで必死に言葉を探した、が、出てきたのは「そういうことじゃないやん」の一言だけだった。奴は何も言わずに去っていった。

 

 それからしばらく、私は必死にアプローチを続けた。しかし毎回スルーされた。仲は良い。コロナで自粛でやることもなかったから、毎晩のように将棋を指したりゲームをしたりした。楽しかった。奴はミニ四駆が好きだった。私は微塵も興味がなかったのだが、やたらと布教してくるので自分用に2台ほど購入し、奴の興味に寄り添おうとした。あんまり楽しくなかった。しかし奴は楽しそうだった。そんな奴の顔を見るのは好きだった。

 

 仲は良かった。ある日、バイト先の周年パーティーで、12時間ほどぶっ続けで飲酒し理性を失っていた私は、酒の勢いで「お前実際私のことどう思ってるの」と聞いた。やはり彼は言葉を濁した。嫌いじゃないけど、とこぼし、その場を立ち去った。追いかけた。「ちょっと待ってよ」と引き止めた。奴はなぜか怖い顔で「何」と言った。そこで私が「好きです」とでも言えればよかったのだが、言葉に詰まってまい、やっぱりいいと今度は私が逃げてしまった。

 

 それでもやはり仲はよかった。wiiのスマブラでよく遊んだ。「そういやスマブラってスイッチのは出てないの?」と私が聞いた翌日、彼はスイッチのスマブラを買ってきた。そしてたくさん遊んだ。しかし楽しいだけで中身のない日々だった。

 

 ある日、ツイッターのトレンドに「安楽死」と言う言葉が上がっていた。奴とはよく政治的な話や、台本を書く際にはフェミニズムの話など、雑談と呼ぶには濃厚な話をした。奴はものを考えられる人間だと思っていた。だから奴とそういう話をするのは楽しかった。安楽死についても、奴には奴なりの意見があるのだろうと思い、聞いてみた。しかし、「わからない」としか言われなかった。

 

 ここ数日、そういうことが多かった。自粛になってから二人で遊ぶ時間が増えたのだが、それに比例するように奴から私への扱いは雑になっていった。台本を書く際、私の面倒な質問に正面から答えてくれていた奴。そういう所が好きだった。私を人間扱いしてくれていると思った。しかし、日に日に扱いは雑になっていった。何か質問しても、「しらない」「わからない」。いつしか奴とは中身のない会話しかしなくなった。

 

 しかし一緒にいる時間は依然長かった。必然的に会話は増えた。奴は私の地雷をよく踏んだ。言っていいことといけないことの区別がつかないらしい。やっていいことといけないことの区別がつかないらしい。

 

 例えばペットの病気で悩んでいる私に向かって、その病気をネタにしたようなことを言ってくる。例えば、ペットが死んで落ち込んでいるときに、「新たな出会いがありますよ」とか言ってくる。(わからない人にはわからないかもしれないが、友人を亡くした時に「また新しい友達ができるよ」と言われるようなものである)。例えばコタツで寝ていると、起こそうとして足で小突いてくる。流石にこれは不快過ぎたので怒った。 

 

 そして何より一番キツかったのは、「みりんは発達障害じゃないよ」と言われたこと。私は診断済みのADHDである。現在通院中で、死ぬほどの努力をして定型発達になりすましている。(なり済ませてないけど)。奴は素人目にも分かるアスペルガーだった。言っていいことといけないこと、やっていいことといけないことの区別がつかず、こだわりが強く、協調性がない。素人が他人を発達認定なんてしていいものではないのだが、奴が定型発達なら発達障害とは何なのというレベルで顕著だったのだ。

 

 そんな奴に、「あなたは発達障害じゃない」と言われたのは本当に本当に不快だった。どれだけ努力していると思っている。ある時、酒によっていた奴は、「俺は不良なんだよ」とほざいていた。社会に溶け込めないだけだろう。私が社会に溶け込むために一体どれだけの努力をしていると思っている。しかし言い返す元気もなかった。それでもまだ、好きだった。地雷原をタップダンスするような奴がまだ好きだった。人の気持ちがわからないなりに、奴は人に寄添おうとしている。そんな奴が好きだった。

 

 しかし、それは大きな誤解であった。

 

つづく
 

講談師・旭堂南陵先生のこと



 大学の時、伝統文化論という講義を受講していまして、その時の先生が南陵先生でした。

 

 最初の授業の時に「一般の人に講談を教えている」と仰っていて、当時落語がやりたくて落研に入ったはいいものの落語が蔑ろにされている最悪な落研でちゃんと落語を教わることができず悶々としていた私は、授業が終わった瞬間「講談教えて下さい」と先生のもとに直行し、それにつられて何人か学生が集まり、毎週火曜の昼休みに講談を教わることとなりました。

 

 落語も講談も似たようなものだろうという今思えばクソ失礼な動機だったのですが、それぞれ全く違うもので、違った面白さがあり、違った難しさがあり、表現者としてかなり良い勉強ができたなと今になって実感しています。笑いでごまかせない分、かなりの表現力が必要でした。あと普段は江戸落語をやっていたので、関西弁にも苦労しました。花筏とか相撲の話ばかりを好んでやってました。

 

 とても世話好きな方で、就職やら演劇活動やら何かと世話をやいて下さりました。一人じゃ行けないようなお店にも連れて行ってもらいました。今思えばたくさんご飯食べさせてもらった。そして教わった講談はちゃんと発表の場を作ってくれました。

 

 授業も面白かった。家紋についての回で、各自家紋がわかるようであれば提出して、とのことで、なぜか私は自分ちの家紋を知っていたので提出したところ、「これは渡辺星っていう由緒正しい家紋や」と言われて、ゲラゲラ笑った記憶があります。なんやねん渡辺星ってなんやねんその名前だっさいなぁってゲラゲラ笑いました。

 

 そして大学を卒業して数年。今は東京でバイトをしながら演劇活動をしているのですが、今回のコロナでバイトがなくなってしまった。そこで手作りのマクスを販売することにし、フェイスブックにその旨を載せたら南陵先生からコメントが。「1万円分買うわ! 柄? なんでもええなんでもええ!」
 それから他のバイトもシフトを切られ、いよいよやばいという時に「先に振り込むから口座番号教えてくれ!」
 そして数週間経って、生活も落ち着いてきた旨をフェイスブックに載せたところ、「よくやった。先生一安心」

 

 卒業して数年経ってもまだ世話を焼いてくれることに驚き、暖かい気持ちになりました。マスクのお礼の電話をすると「また何かあったら泣きついてきたらええから」と言ってくださりました。それがまさかガンだなんて知りもしなかった。

 

 暖かい人でした。優しい人でした。にぎやかな人でした。『事典にない大阪弁』を出版された際、記念パーティーで来場者から「あんた本出したくらいでパーティーするなや」と笑われていたのをよく覚えています。人が集まる場所が好きだったんだなと思います。寂しがりだなんて言われていて、色々思い返せばたしかにそうだったのかななんて。 

 

実家を出てから数年。いろんな人の優しさに触れると同時に冷たさにも触れ、何度も人間不信になりかけましたが、世の中には悪い人ばかりじゃない、南陵先生のような人もいるんだと思えば、この世の中も捨てたもんじゃないなあと思えるようになりました。

 ご逝去お悔やみ申し上げます。もっとちゃんとたくさん感謝を伝えたかったと今になって後悔しています。今まで本当にありがとうございました。

 

 あ、後悔といえばもう一つ。「絶対に幽霊はいるんです」という私に、「幽霊は存在しない」という先生。「だってほら千日前の百貨店かなんか、あそこ幽霊でるじゃないですか!」「あの噂流したのわしの知り合いや」とかなんとかって幽霊はいないと論破された大学三年の秋。「でもな、テレパシーはあると思う」と仰っていた南陵先生。そこのところもっと掘り下げて聞けばよかったなぁと後悔しております。

 

 

 

 

レぺゼン地球炎上についての所感

レぺゼン地球というアーティストが炎上している。

事の発端はこれ。

 

 

 

レぺゼン地球のリーダー、DJ社長が代表を務める株式会社ライフグループ。

今年の7月に、そこの所属になったのがこのジャスミンという女性。

ラインのスクショを見る限り、完全にパワハラでセクハラ。

で、そのあとの投稿がこれ。

 

 

パワハラセクハラは嘘で、すべてはジャスミン氏を売り出すための炎上商法だったという。動画は現在削除されている。

丸坊主にしたDJ社長の謝罪会見が、いつの間にかMVになっている。すべては炎上商法のための嘘。だけどファンには心配かけた。音楽にのせてスマンスマンと頭を下げているあの動画には本当にめまいがした。いくらなんでも冗談が過ぎる。

心配してくれていた人たちの気持ちを踏みにじる行為だ。

 

驚いたのが、DJ社長のツイッターアカウントの返信欄。「笑わせてもらいました」「さすがです」「すごい」そんな言葉が並んでいた。びっくりした。こんな醜悪なネタで笑える人たちがこの世にいるのか。心の底からゾッとした。

 

なんでどうして、笑えるんですか。彼らの行為のせいで、また性犯罪の被害者は声を上げづらくなったんですよ。

 

例えば安全ピンの話。痴漢対策に安全ピンを使おうという投稿が話題になった。それに対して散見されたのが「冤罪だった場合どうするんだ」という意見。

 

例えば動画の話。女子高生が駅で痴漢を追いかける動画が拡散された。やはりそこでも見られたのが「冤罪かもしれないのに顔をさらすなんて」という意見。

 

信じてもらえないんだよ。こんなことをされましたと言っても信じてもらえないんだよ。彼らのそれは、性犯罪の被害者の声の信ぴょう性を落とす行為なんだよ。

 

 

このツイートが分かりやすい。狼少年。今後ジャスミン氏が本当にセクハラされることがあっても、簡単には信じてもらえなくなったんだよ。彼女だけじゃない、「女」だからって、結局女のいう事は信じられないって、ジャスミン氏を通り越して「女性」全体を批判する人が出てくるかもしれないんだよ。

昔と比べて、#Metooなんかもあって、被害者が声を上げやすい時代になった。先人が積み上げてきたものをぶち壊す行為なんだよ。

 

冤罪だけじゃない。例えば、痴漢されたという人に対して「そんな恰好をしている方がわるい」。私も言われたことがある。痴漢された、という話をしたら、とある男性に「そういう恰好をしていたんだろ」と言われたことがある。

理由にならない。たとえ私がどんな格好をしていたからって、痴漢をしていい理由にはならない。なぜ被害者側に自衛を求めるの? 罰せられるべきは加害者ただ一人でしょう。とにかく、この国では、被害者側を黙らせようとする風潮がある。

 

炎上後のジャスミン氏のツイート。それとは別に、インスタへの投稿がある。

 

載せるか悩みましたが

私は過去にパワハラ、セクハラ、レイプもされた経験はあります。

男性恐怖症になったことだってあります。

だから何って感じなんですがそれをされたからって私はもう苦しまないです。

最後にパワハラ、セクハラされた時は本人に面と向かって言ってやりました。

レイプも自分が強くなったことによって無くなりました。

本当に悩んでいる方は戦い強くなって欲しいです。

 

おかしいでしょ。なんで被害者側に努力を求めるの。おかしいでしょ。悪いのはどう考えたってレイプした側でしょう。自分が強くなれば解決。そりゃそうなのかもしれないけれど、なんて残酷なことを言うんだろうと思った。性被害を受けて苦しんでいる人たちに、これ以上何かを強いることがあってはいけない。

 

ネタにしていいことといけないことがある。

想像力が足りなさすぎる。

一連の投稿を見て、私は本当に本当にショックだった。

この世の中には、こんなに、想像力のない人間がたくさんいるのかって。

 

だめだなんだかうまく言葉にできないや。

とにかくほんとにほんとにショックだった。って話です。

 

 

 

 

不登校Youtuberゆたぼんさんに思うこと

私は不登校になりたかった。

保健室登校に憧れた。不登校に憧れた。

でも私にその選択肢はなかった。

「死にたい」と言えば「そんなこというな」と怒られた。

「なぜ死にたいの」と一回でいいから聞いてほしかった。

「学校に行きたくない」と何度も言った。でも「どうしても学校に行きたくない」と強くは言えなかった。なぜだろう。私にも意地があったのか。それか、「なぜ死にたいの」と聞いてもらえない環境にいたから、「どうしても学校に行きたくない」と強く意思表示しても、「行きたくないなんて言うな」と突っぱねられるとわかっていたからかもしれない。

義務教育期間は地獄だった。本当に地獄だった。

 

最近話題のユーチューバーに、ゆたぼんさんという小学生がいる。

詳しくはこちらを参照。

togetter.com

 

炎上している。

現在彼のツイッターアカウントには、たくさんの心ないリプライが寄せられている。

学校にいけ、学校にいけ、学校にいけ。

もちろん彼のことを思ってそう伝えている人もいるが、ただ炎上を楽しんでいるだけのような人も多い。

なぜ炎上したのか。色々理由はあるだろうが、一番はこれだろう。

 

ゆたぼんが学校に通わなくなったのは小学校3年生の時。宿題を拒否したところ、放課後や休み時間にさせられ不満を抱いた。担任の言うことを聞く同級生もロボットに見え「俺までロボットになってしまう」と、学校に通わないことを決意した。現在も「学校は行きたい時に行く」というスタイルを貫いている。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190505-00000002-ryu-oki

 

わからないでもない。小学校や中学校の教育はまるで軍隊のようで、同調圧力で圧死しそうになる毎日だった。なんでこんなことしなくちゃいけないのと思うことも多々あった。当然私も宿題は嫌だった。

ゆたぼんさんが不登校になったのにはほかにも理由があるのかもしれない。調べても出てこないからわからないけれど。

ただこの「宿題が嫌」と言うのだけが不登校の理由なら、とっても勿体ないなと思う。そりゃ、宿題は嫌ですよ。誰だって嫌だ。なんで学校でいっぱい勉強してるのに、家でまで勉強しなきゃいけないんだろうね。

でもね、宿題にも理由があるんですよ。勉強はいくらしてもしたりないものだから、授業だけじゃ足りないと思うんですよ。

 

私は算数が嫌いでした。この世からなくなれと思っていました。因数分解がなんの役にたつんやと。

国語が好きでした。勉強しなくても点がとれるし、答えは問題文の中に書いてあるし、何より面白いから。でも算数を嫌いになったのは算数に触れたから。国語を好きになったのは国語に触れたから。

義務教育から逃げたら、極端な話これらと出会えなかった訳ですよ。

(極端な話ね、極端な話。図書館にいけばどうこうって話じゃなくて)

 

私の今の人生に因数分解は役立っていない。でも何を役立てるかはその人次第なんですよ。学ぶということは、選択肢を増やすということ。世界を広げること。

学校に行くと色んな物事と出会うから、これは嫌いと思うものが当然出てくる。でも一応付き合ってみる。そのお試し期間が義務教育期間。

嫌だったらやらなくていい。私はいまだに算数が大嫌いなので、計算しないといけないときは電卓を使うし、算数の得意な人たちに手伝って貰う。

 

ゆたぼんさんはまだ10歳。とてももったいないと思う。

選択肢を減らすにはまだ早い。わざわざ道を狭めることはないのに。

 

そりゃもちろん、不登校は不幸じゃない。

学校に行かない自由があったっていい。

でも学校っていうのは、いわば道場みたいなもので、社会で生き抜くすべを(良くも悪くも)教えてくれる。

最近無責任な「逃げて」論が流行っているけれど、逃げた先の僻地で非武装の私たちはどうやって生きていけばいいんだろう。

無責任な大人たちは「嫌なら逃げていいんだよ」と甘い言葉をささやくけれど、彼らは私たちの人生に責任をとってくれない。彼らは私たちより先に死ぬ。

そうなったとき、私たちはどうやって生きていけばいいんだろう。

社会復帰という言葉があるけれど、一度社会のレールから外れたら復帰するのは大変ですよ。学校で教えてくれることが全てじゃないけれど、学校以外から学校並のことを教わるのはとても大変だと思う。

好きなことだけして生きていければいいよねと思う。でも好きなことだけして生きてくのは大変だし、ゆたぼんさんの好きなことって何ですか? 宿題が「嫌い」なのは分かった。学校に行きたくないことも。でもあなたの好きなことは何ですか? あなたのしたいことは何ですか? それは今ある可能性をすべて捨ててまで挑みたいことなのですか?

 

やりたいことを突き詰めて成功した人ももちろんいる。たとえばさかなクン

osakanafurby.hatenablog.com

 昔上の記事で書いたけど、さかなクンは魚が大好きでそればっかりで、先生から「それじゃ社会でやっていけませんよ」的なことを言われたんだけど、さかなクンのお母さんは「この子は魚が好きなんです。それでいいんです」とタコにはまっているときはタコ料理を毎日でもつくってあげてなんて色々してあげていたらしい。

でもこれは特別な例だよね。

ゆたぼんさん、あなたが一番今したいことは何ですか?

それは、今ある可能性をすべて捨ててまで挑みたいことですか?

それを助けてくれる大人はいますか?

さかなクンのそばにはよき理解者であるお母さんがいたけど、あなたのそばにそんな人ますか? いたとして、その人は本当にあなたのことを考えてくれていますか? あなたの「本当にしたいこと」が何かを理解してくれていますか?

 

かつて不登校になりたかった私は、いまのあなたがとても羨ましいです。

でも同時に、とても心配でもあります。

ツイッターに罵詈雑言が寄せられていますね。もちろんただ煽りたいだけの嫌な奴もいます。でもあなたのことを本気で心配している人もいるんです。

 

あなたが不登校になった本当の理由を私は知らない。

もしかしたらひどいいじめにあっているのかもしれない。昔の私みたいに毎日死にたいと思っているかもしれない。そんなんだったら行かなくていい。たとえそのせいで社会に戻れなかったとしても、あなたの命の方が大切なのだから。

 

でももし、「宿題が嫌」というのだけが理由なのだとしたら、もう少しだけ学校に行ってみてほしい。もう少しだけ嫌なことと向き合ってほしい。

それでもし、心がボロボロになりそうだったら、逃げたらいい。周りは平気でやっていても、自分にとってはどうしてもそれが苦痛ってこと、よくある。私にもある。

(私の場合はバイトの日報を書くのが死ぬほど苦痛。タイムカードを切ってから、その日の営業の内容を書かないといけない。当然時給は発生しない。とても苦痛)

だからあなたにとっての宿題も、私たちからしたら想像もできないほど苦しいものなのかもしれない。だからもう一度挑んでみて、本当に耐えられないくらい嫌で嫌でしょうがなくて心がボロボロになりそうだったら逃げてもいいと思う。

 

ただ、逃げた先には何もないよ。

武装のあなたは一人で生きていかなきゃいけないんだよ。

今あなたの周りにいる大人たちは、あなたより先に死ぬんだよ。いまあなたのことを持ち上げている人たちの中には、もちろん全員じゃないけど、あなたを自分の利益のために利用しようとしているだけの人もいると思うよ。世の中には怖い人いっぱいいるんだよ。

 

人生は冒険だって、良い言葉だと思う。

確かに人生は冒険だ。冒険には危険がつきもの。嫌な思いだってする。

学校もその一つだと思って、洞窟に足を踏み入れてみませんか。ランタン持って剣もって冒険してみませんか。もう少しだけ学校に通ってみませんか。

 

なんて25歳のみりんちゃんは思います。

 

 

 

 

おしまい!

お題「もう一度行きたい場所」

 

 

 

*****

まけもけさんがこの記事について言及してくださってます。

www.gw2.biz

ゆたぼん氏に対して厳しくもやさしさのあふれる記事です。是非。

新居浜の観光案内をするよ!

ご無沙汰しておりますみりんです。

突然ですが地元・愛媛県新居浜市の観光案内をしようと思います。

というのもですね、私がスタッフとして所属している劇団の新居浜公演がもうすぐあるんですけどね、ちょくちょく役者さんとかにオススメの遊び場を聞かれるんですね。はい。イオンですね。イオンかカラオケの2択ですね。でもカラオケはどこにでもあるのでイオンがオススメですねっていうかもうイオンしか行くところがない。

いやそんな訳がない。何もない訳がない。確かに私の青春時代はイオンとカラオケを往復して過ぎて行ったけどそんな訳がない。よく考えたら他にも楽しいところがあるはずだ。私が忘れているだけで、昔は市内のいろんなところで遊んだはず……。

 

というわけで新居浜のイオンとカラオケ以外の遊べるところを記憶の底を探し出して列挙していこうと思います。

 

マイントピア別子

マイントピア別子公式サイト

もう何十回と行ったので今更微塵も行きたくはありませんが新居浜といえばここですね。

観光坑道っていうのがあって、銅山の歴史が学べるんですが、博物館的な展示があるだけではなくてアトラクションみたいなのもあります。入り口から可愛い汽車に乗って行きます。CV水樹奈々(新居浜出身)贅沢やね。(2019年3月現在運休中です)

縮小しちゃったけど温泉もあります。砂金採りとかもできます。新居浜駅からバスで20分。

 

東洋のマチュピチュ 東平

マイントピア別子公式サイト

東平と書いてとうなると読みます。マイントピアの別ゾーンです。山の上にあります。観光バスがあります。観光坑道とのセット売りもあります。ここでも銅山の歴史が学べます。山の上なので普通に空気が美味しいのでハイキングにも良さげ。ここ、私が高校生くらいの時に「東洋のマチュピチュ……東平……」とかって突然CM打ち始めて「とうようのwwwwマチュピチュwwww」とかってひいひい笑った記憶が。(とても失礼)

 

別子銅山記念館

別子銅山記念館 | 住友の歴史 | 住友グループ広報委員会

銅山の歴史が学べます

 

旧広瀬邸

旧広瀬邸 | 住友の歴史 | 住友グループ広報委員会

銅山

 

広瀬歴史記念館

広瀬歴史記念館 | 住友の歴史 | 住友グループ広報委員会

どうざ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちゃうねん

ちゃうねんて

べつに別子銅山の歴史を学んでほしい訳ではないんよ

でもほら

あれ

連れていかれるから

新居浜市民だいたい物心着きだしたくらいから銅山関連施設に無限に連れていかれるから……

 

まって、ほかにもある、

ほかにもあるから

えっと

 

イオンモール新居浜公式ホームページ

 

違う間違えた

あ、これとか

 

愛媛県立とべ動物園

 

あかんこれ松山や

いや、ちゃうねん、ちゃうねんて

 

なんか、もっと、こう、あるんよ。

楽しいところがあるんよ。

ほらCM打ってたやん「好きです、新居浜、いつも楽しませてくれるそんな遊び心が……」とかって、あかんこれパチンコ屋のCMや

思い出して、おやすみのたびに行ったあの場所を。大好きだったあの場所を。

 

愛媛県総合科学博物館

愛媛県総合科学博物館

はいここ。はい。もうここ。ここでいい。みんなここ行って。みんなここ行ってほんまに。

楽しいから。新居浜駅からバスで20分です。

もちろんここでも銅山の歴史学べますけど学ばなくていいです。プラネタリウム行ってください。世界最大級のプラネタリウムがあります。昔はギネスに載っていました。

めーーーっちゃ大きくて迫力あります。プラネタリウムといえば寝るところですが寝てる場合じゃないです。

あとなんか知らんけどムーミンの映画もやってます。

愛媛県総合科学博物館 | プラネタリウム | 番組の案内

 

あ、展示も楽しいです。すっごく広いです。めちゃくちゃでかい恐竜とかいます。動きます。子供の頃それみて泣いたなぁ。

クローズ17時半と早めなのでお気をつけて。

 

えっ、そのあとですか? 

博物館行ったあとどうすればいいか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イオンモール新居浜公式ホームページ

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虚構の劇団 | 虚構の劇団 第14回公演「ピルグリム2019」

虚構の劇団新居浜公演よろしくお願い申し上げます。