毎日が告別式

人生どん詰まり元芸大生のブログ

あなたのままでいいよって言われたかった。「さかなのこ」ネタバレ感想

 世界が希薄になる感覚がする。劇場と稽古場以外にいる時、世界が希薄になる感覚がする。例えばバイト先で皿を洗っている時。例えば区役所であれやこれやと手続きする時。明日も明後日も稽古は無くて、演劇が出来なくて、でも生きるためにはお金が必要だから、それ以外にも生きるために必要なものは色々あるから、生活に社会に向き合う瞬間。世界が希薄になる感覚がする。世界は色や音で溢れている筈なのに、なんだかぱっとしない色に見えて、霞んで見えて、耳は嫌な音ばかりを拾う。嫌な刺激ばかりを集める。何のために生きているんだろうと思う。演劇が演劇が演劇が恋しい。

 

 という訳でかれこれ十年以上演劇の虜です。高一で演劇に出会って以来、ずっと演劇のことばかりを考えて生きています。ずっとずっと演劇のことばかりを考えて生きています。そんな私なので、今回観た映画「さかなのこ」は滅茶苦茶に響きました。ずっとずっと魚の事ばかりを考えているさかなクンの映画です。それはもう響きました。

 さかなクンの半生を綴った映画です。ミー坊(さかなクン)は子供のころから魚が大好きで、そればかりを考えて生きてきました。周りからは変人扱い。父親には「普通じゃない」と言われ、教師からは「魚が好きなのはいいけど、もうちょっと勉強しないと」と言われる。しかしミー坊はどこ吹く風で、大好きな魚の事に熱中し続ける。そしてミー坊のお母さんも、それを否定しない。「あの子はあの子のままでいい」「あの子は魚が好きなんです。だからそれでいい」そう言って、ミー坊がタコに興味を示した時はタコ料理を毎日作り、水族館にも付き合い、魚が好きな事を決して否定しない。

 

 私もそう育てられたかったな、と思いました。大学生の頃、友人がスマホを見ながら泣いていて、何事かと聞いたら「あなたは生きてるだけでいいのよってお母さんからメールが来た」とぽつり。えっ、いいなーと思ってその話を自分の母親にしたら「生きてるだけでええ訳があるかい!」と言われました。

 ミー坊のお母さんは、ミー坊の好きな事を尊重して、それを支えました。私の母親は、私の将来を案じて、好きな事以外も私にやらせました。私はずっと不登校になりたかった。でも許してもらえませんでした。どちらが正解とか、そういう話ではないと分かっているのだけれど、生きるのが辛かった。あの頃無理やりにでも嫌な事を沢山したから、今多少は根性が付いた。なんとか一人暮らしも出来ている。でも、生きるのが辛かった。あなたのままでいいよって言われたかった。そのままでいいよって言われたかった。生きてるだけでいいよって言われたかった。

 

 だからこの映画は、本当に私に響きました。好きな事ならいくらでもできる。でもそれ以外のことは全くできない。ミー坊は私のようだと思いました。

 学生時代のミー坊は、ずっと笑顔です。大好きな魚と戯れて、ずっと笑顔。けれど上京し、働き出してからは少しずつ笑顔が消えていきます。勤め先の水族館で、上司からの指示を「はい、はい、はい」と返事をしながらも脳が拒絶する瞬間。勤め先のすし屋で、エビを剥き続けふと意識が剥離する瞬間。世界が鈍くなっていく感覚。好きな事が出来ていた頃とは違って見える世界。思考は鈍り脳内にはどんよりと雲がかかる。そんな感覚。その全てに見覚えがありました。上京してからの私でした。演劇じゃ飯が食えない、だから演劇の為にバイトをするのだけれど、世界がどんどん希薄になっていく感覚。あまりにも見覚えがありました。気づけばスクリーンを見つめながらぼろぼろと涙を溢していました。

 魚が好きだから、魚と関係のある仕事に挑戦する。けれど好きなのは魚であって、水温を計って記録を付けたり、エビを剥き続けたり、そう言う事がしたい訳ではない。けれど生きて行くためには仕事が必要で、けれどその仕事を続けていると心がどんどんすり減って行く。

 私は演劇が好きです。演出と劇作が好きです。けれどそれじゃご飯が食べられないので、演劇と関係のある仕事に手を出して、でも全然役立たずで、怒られて、怒鳴られて、脳みそは「これ以上傷つかないように」と勝手にシャットダウンする。あの感覚。一番したい事は明確にあるのにそれができない苦痛。三人姉妹のイリーナの言う「本当の美しい生活から遠のいて行く」感覚。あまりにも見覚えがありました。

 だから中盤以降はもうずっと泣きっぱなしで、「いいなあ」といっぱい思いました。いいなあ。あの子はそのままでいいって、言われたかったな。いいなあ。私も演劇だけして生きていきたかったな。いいな。

 

osakanafurby.hatenablog.com

 

 昔書いた記事です。ドリーを発達障害者と見たファインディングドリーの感想です。ドリーはそそっかしくて沢山ミスもするけれど、周囲が適切な接し方をすると途端に活躍し始める。

 今回みた「さかなのこ」も同じだと思いました。魚の事以外てんでダメなミー坊に、周囲は適切な接し方をします。ミー坊が魚好きのままでいられるように接します。魚好きなミー坊だからこそ出来る仕事を振ってあげます。すると他の職場では死んだ目をしていたミー坊は、途端にキラキラと輝き出しました。ファインディングドリーの後半と一緒でした。優しい世界だな、美しい世界だなと思いました。

 私とは縁遠い理想の世界。その時はそう思いました。けれど案外そうでもないと、今日気づきました。今日。つい数時間前、バイト先で死んだ目をしてサラダを作っていたら、店長に「鞄作ってくれない?」と聞かれました。コロナ禍で裁縫スキルが爆上がりした私は服が作れます。鞄が作れます。心が死なない好きな作業です。

 その店長が私にハンドメイドのオーダーをするのはこれで三回目です。勿論お金ももらえました。「あっ、これ、私が欲しかった優しい世界だ」とその時気づきました。そしてよくよく考えてみて、例えばもう一つのバイト先で、接客がてんでダメな私がデザートメニューを任せてもらったり、人様の劇団で衣裳のデザインをさせてもらったり、「ちょっとでも演劇と繋がれるように」と仕事を回してもらえたり、お金がないから次回公演が出来ないと言っていたら支援してもらえたり、そんな記憶が次々出てきました。

 勝手に自分の生きている世界はしょっぱいと思っていたけれど、東京って最悪だと勝手に思っていたけれど、私が見えていなかっただけでした。ミー坊のまわりに沢山の理解者がいたように、私の周りにもたくさんいるのだな、と気づかされた今日この日。世界からの優しさを忘れないようにしたいと思いました。生きるぞ。諦めないぞ演劇を。

 

 以下細かい映画の感想。

さかなクンの半生を綴った映画なのに主演はのん。女優。けれど違和感はありませんでした。最初キャスティングを聞いたときも、あー、のんなら大丈夫だろうなと勝手に納得していました。本当に大丈夫でした。いや想像以上でした。のん演じるさかなクンは本当にさかなクンでした。

 そもそも私はさかなクンが大好きで、YouTubeもチャンネル登録しているんですがのん演じるさかなクンは本当に純度百パーセントさかなクンでした。何の違和感もなかった。あとだんだんかっこよく見えて来るから不思議。学ランが似合う。

・ミー坊のお母さんがイメージ通りでよかった。育てられたい。

・前半長ない? タコを掴まえるくだりとか、不良とのギャグシーン? とかちょいちょい監督の自我を感じた。

・ミー坊と一時同棲していた女の人(名前忘れた)の背中を映すシーンが数秒長い気がする。あえてその尺で「この人には何かあるんだ」って観客に示唆する意図だとは思うんだけど、こちらとしてはさかなクンの人生を追いたいのでその女性の人生にはそこまで興味がないんだな

・雰囲気映画だったら水槽の中にごちゃごちゃ装飾入れるんだけど、冒頭のハリセンボン? がベアタンクで飼われてて良かった。もうその瞬間から魚に関してはこの映画信用出来るって思った。(あ、私もフグ飼ってます)

・魚が可愛くてにっこにこ

・いいレストランで食事するシーン。親友が彼女にキレる瞬間を映さず表情の推移だけで見せたの良かった。

・離婚したとは一言も言ってないのに、母ちゃんが帰宅してきた瞬間そうなんだと理解出来てよかった。レストランのシーンもそうだけど、観客を信用してるって感じがした。クソ映画だと全部説明しちゃう。

・中盤からの畳みかけがすごい。前半冗長だったのは中盤以降観客を引き込むためにわざとやってたんか? ってくらい中盤からが凄い。

・のんが可愛い

・上京してからずっと顔が死んでたミー坊が、「周囲の適切な接し方」でキラキラしだす瞬間が本当に美しい。カットが綺麗。

さかなクンが水槽と間違えて吹奏楽部入った話もやってよ!

・ミー坊が謎の女とその子供と海に行くシーン「普通って何?」で号泣。

・監督のギャグセンス好きよ

・シーンの切り替えがなんかちょいちょい間延びしてる

・バタフライナイフ指導って何やねん

・劇伴でさかなクンバスクラやってて最高

さかなクンのノンフィクションだと思って観に来たのでぎょぎょおじさんの存在はちょっと混乱する

・のんが可愛い(何億回でも言う)

・中盤以降泣き過ぎて化粧どろっどろ

 

とりあえず以上!

人を選ぶ作品だと思います。退屈な人は多分寝ちゃう。でも響く人には本当に響く。

この映画を作ってくれて、ありがとうございますという気持ち。この作品と出会えてよかった。この作品に救われる人はきっと大勢いると思います。

観てよかったです。ギョギョ!

 

↑うちのふぐの助です。かわいい