毎日が告別式

人生どん詰まり元芸大生のブログ

24歳だけど父親に叩かれたので家出します

お久しぶりですがそんなことより私は今叔母の家にいます。

はい。家出しました。24歳にして家出しました。

 

前に家出したときの記事はこちら

osakanafurby.hatenablog.com

 

この記事を書いた当時、私は大学生でした。父との関係はぎくしゃくしておりました。

しかし大学4年のある日、父との距離が急激に縮まるイベントが発生しました。

父の入院です。酒に酔って階段から落ちて頭を怪我して入院したのです。

先ほどその当時の記事を大量に投稿したので、もし暇だったら読んでください。

 

osakanafurby.hatenablog.com

 

つまりこういうことです。

アル中の父が酒に酔って階段から落ちて障害が残る大けが→酒タバコは今後一切禁止→入院先で脱走したりタバコを吸ったりして病院側から見張りをつけるよう言われ、家族親族で協力しながら監視→退院→別病院に入院→タバコを吸って強制退院→退職し家に帰る→表面的には禁酒したように見える→しかし酒瓶が見つかる→母親がブチ切れて酒瓶をたたき割る→禁酒→あれれ肝臓の数値がおかしいぞ→父の部屋から五リットルの酒が見つかる→つまりクソ。

 

はいクソ。

 

過去記事を読んでもらったらわかると思うんですけど、父の酒の件で我々家族はとても心をすり減らしたのですね。それなのにまた酒を飲むというのは裏切りですよね、はい。

 

んでそれと今回の家出がどう関係あるのか。

まず我が家では犬を飼っているのですが、その散歩は父の仕事ということになっています。もともとは私と弟の仕事だったのですが、引っ越しに伴い自動的に父の仕事に。

リハビリの意味合いもあります。少しでも運動させなきゃという母の意向でもあります。

 

↓参考までに

osakanafurby.hatenablog.com

 

しかし父は運動したくない。私は今いろいろあって一時的に実家に帰省しているのですが、娘がいるなら娘に散歩に行かせたいというのが父の意見。

母曰く、私が帰省した途端、父はいろいろな仕事を放棄し始めたらしいです。まあ気持ちはわからなくもない。

しかしもともとは私が飼いたいと言い出した犬。私も散歩に行くべきなのですが、私が行くのはバイトが休みの日の夜だけ。散歩は朝晩一回ずつ。私のバイトは昼からなので、朝散歩に行く時間はいくらでもあるのですが、どうせ父がいくからとほったらかしていました。

 

それがよくなかった。本当に反省している。

ある日、昼前に起きてきて居間で化粧をしていると、犬がやたらこっちを見てくる。こっちを見ながらしっぽをふりつつひぃひぃ言っている。これは散歩に連れていけという意味だ。うちの犬はきれい好きで、絶対自分の敷地内ではうんこをしない。うんこは散歩に行ったときだけにする。つまりこれは、便所に連れていけという意味のひぃひぃだ。朝から誰も散歩に行っていないのだ。

 

私「散歩行った?」

父「ご飯食べたら行くよ」

 

ごはんとはおひるごはんのこと。父の昼食はいつも私が用意している(レトルト)。しかし昼食を食べ終わってからだと散歩に行くのが遅くなる。犬は現在進行形で迫りくる便意と戦いながらひぃひぃ言っているのだ。

先に散歩に行ってとお願いしたのだが、父は動こうとしない。そしてなぜか布団に入りはじめる。「散歩いかんとご飯つくらんよ」と何度も言ったのだが、「先にご飯を食べる」と言ってきかない。いつもならしばらく言い合うと散歩に行くのだが、この日はなぜか絶対に動こうとしなかった。

 

「じゃあ私が散歩いくけんね、ご飯はいらんね?」

「いるよ」

「じゃあ散歩いってよ」

「後でいくよ」

「散歩いかんとご飯せんよ。もう私がいくけんね。ご飯いらんね?」

「いるよ」

 

らちが明かないので私が散歩に行った。ご飯は用意しなかった。(そもそも父は自力でご飯を用意できる)。この日から雲行きが怪しくなる。父の部屋から酒が見つかったのもこのあたり。

そして次の日も父は散歩に行かなかった。朝、母の怒号が聞こえる。散歩に行けと怒鳴っている。しかし父は行こうとしない。母は怒鳴る。父は動かない。母は再度怒鳴る。しかし父は動かない。(母が自分でいかないのは面倒だからではなく父のリハビリのため)そして、母が出かけると同時に父は私に向かって散歩に行けと言った。結局私が行った。「ごはんいらんね?」というと「いらん」というので用意しなかった。

 

そして翌日。母に「洗い物しとかんかいよ」と言われる。いつも洗い物は父がしている。私はたまに夜にやるだけ。父の昼食を用意するのを放棄しだしてからも、私は洗い物をほったらかしにしていた。(夜にまとめて食器洗い機でやればいいかなと)

朝食を食べ終え、数時間後に居間に戻ると、私の食器以外の食器がきれいに表われていた。これはあかんやつやとなんとなく思った。

ここ数か月、父は温厚だった。しかし今の父は酒を飲んでいる。私の父は酒を飲むと人格が変わるのだ。つまり、いつなにが起きてもおかしくない。

 

しばらくすると父が居間にやってきた。自分で昼食を用意している。私も、と思って台所に立つと、父が急に「お前、自分の食器は洗えよ」と怒鳴ってきた。

字面だけ見ると「別に普通のことやん」と思うかもしれないが、そうでない、怒鳴ってきたのだ。目の色が完全に変わっているのだ。ものすごい威圧感で怒鳴りつけてきたのだ。顔がめちゃくちゃ怖い。なんていったらいいのかな、ほんまに目をかっぴらいて眉間にしわをよせて仁王立ちで腹の底から演劇部のように太い声を出して怒鳴りつけてくる。めっちゃ怖い。

 

「お前、自分の食器は洗えよ!」

「わかってるよ」とか「怒鳴らんでもええやん」とか言ったと思う。しかし父は私の発言の一つ一つにまた激昂して怒鳴りつけてくる。昔からだ。このモードに入った父は完全に別人。非常に恐ろしい。子供のころは泣いておびえていた。しかし私ももう24歳。怖さより不快感が勝った。「私には私のタイミングがあるんや」「そんな人に怒鳴り散らせるほど、父さんはえらいん」と言った。「えらいとかえらないとかそういう問題じゃないんや!」と怒鳴られた。そして追いかけてくる。アッこれ殴られるやつや、と思ったので急いで二回に逃げた。うーん既視感。しかし父は追いかけてこなかった。

 

そして頃合いを見計らって居間に戻り、昼食を終えた私はバイトに向かった。洗い物はしておいた。私が玄関で靴を履きだすと同時に父は台所に向かったので、おそらく洗い物をチェックしにいったのだと思う。もししていなかったらと思うと本当にマジで怖い。

 

そして夜。バイトを終え家で夕食をとっていると、父が話しかけてきた。人格豹変モードは終わったのかな? と一瞬思ったのだが全くそんなことはなかった。

「お前、朝ワシに、そんなに偉いんとか言ったがあれはどういう意味ぞ」

父はいちいち丹田に力を込めながら腹の底から怒鳴りつけてくる。演劇部かよ。

「人に怒鳴れるほど偉いんかって言ったんよ」みたいなことを言ったと思う。「普通に言ったらええやん」と。すると「普通に言っても言うこときかんやろ!」とまた怒鳴る。「怒鳴ったら言うこときくと思ったん?」と聞いたら、ハトが豆鉄砲を食ったような顔をして「思った」という。「きかんよ」というと。「きかんのか」と言う。

おっ怯んだな、と思ったのもつかの間、父はまた人格豹変モードにかわり、あれやこれやと怒鳴りつけてきた。なんかもうどんな会話をしたのかも忘れた。お分かりのように父は子供である。しかし父の制作物である私もまた子供であった。怒鳴られるたびに言い返した。怒鳴ればなんでも思い通りになると思っているのも不愉快。

そして髪の毛をつかまれてゆさぶられた。オッついに手が出たなと思った。母に助けを求めた。母は父を宥めようとする。私はへらへらしている。叩かれる。また髪をつかまれる。母はなんとか宥めようとする。すると今度は母に矛先が向く。「お前も上から目線で!」とかなんとか怒鳴っている。なんかもう発言が支離滅裂である。しかし母はけなげに謝り続ける。わたしはとりあえずスマホを取り出し父の発言を録音し始める。はいクソ。

 

そして母に宥められ、父は自室に去っていった。母には「大人になれ」と言われた。父がああなったら手がつけられないのはわかっているだろうと。しかし私は24歳にしてクソガキだった。「殴らせたらええんよ。ほんでぼこぼこにされたら警察呼べばええんよ」と言ったのだが、母にそれはいけないと窘められた。

 

そして私は家出することにした。翌日(つまり今日)はバイトが休み。家にいたら間違いなく戦争になるので、避難することにしたのだ。

 

行先は前回同様叔母の家。母と叔母は仲がよく、父のことは常に相談し合っていた。今回酒が見つかった時も、父は叔母にこっぴどく叱られたのだ。

 

私「家おったら虐待されるんで家出してきました~!」

 

叔母は温かく迎えてくれた。叔父も笑いながら迎えてくれた。

ところで、私はもうすぐ東京に引っ越す。父には「東京行くのはええけど、二度と帰ってくるなよ!」と言われた。その話をすると、叔母に「じゃあここに帰ってきたらええんよ。じいちゃん家もあるんよ。どこへなりと帰ってきたらええんよ」と言われた。こ、ここは天国か?

 

本当は一日家出したらさっさと帰るつもりだったのだが、なんだかそうもいかないらしい。私は今もなお叔母の家にいる。上げ膳据え膳で。「こき使って~」と言ったのだが、「何を言よんあんたは大切な子やのに」とか言われた。天国か?

 

食後、腰が痛かったので横になっていると、叔母が洗い物をする音が聞こえてきた。

台所に行き「手伝うことない?」と聞くと、寝ときと言われ、叔父には「体調悪いならじっとしとき」と言われた。別に体調悪ないで、腰痛いだけやでと言ったのだが「寝とき」「寝とき」天国か??????

 

しかし本当に何もしないわけにはいかないので、洗い物をしたり野菜を切ったりはした。夜、母親が様子を見に来て、

 

母「あんた、ちょっとは手伝いせんかいよ!」

私「したし!柿むいたし!」

母「むけたん!!!」

叔母「水菜も切ったしねえ」

私「切ったし!」

母「きれたん!!!」

私「白菜切ったし!」

母「白菜きれたん!!!!!」

 

いちいち馬鹿にしてくるのがはらたつ。

 

というわけで私は今もなお家出をしている。

はい反省してますはい