※別ブログに載せていた過去記事です
↓前回
それから数日後。
彼氏とラーメンを食べていると、母から電話がかかってきた。
「今何しよん?」
「ラーメン食べよる」
「どこで?」
「天一」
「どこの?」
「狭山」
「もう、なんでそんなところおるんよ……今から父さんの病院行ってくれん?」
「は? 今から? なんで?」
聞けば、父がやらかしたと言う。
脳が腫れているから酒もたばこも厳禁。
喫煙すれば悪化するかもしれない。
なのに、父が喫煙したという。
叔母に頼んで財布を没収してもらったが、今度はテレビカードを換金してたばこを買ったらしい。
そしてまかさの病室内での喫煙。もう大迷惑だ。
母はいますぐ病院に行ってくれと言う。このとき時刻は18時。片道約三時間かかる。
終電のことを考えると30分といられない。そもそも私が行って何になるのか。そういっても母は
「ええけん、ええけんお願いじゃけん行って」
と電話口で繰り返すばかり。横で会話を聞いていた彼氏は、
「お母さん考えることを放棄してるな」といった。私もそう思う。
そりゃそうだ。散々親戚やら病院やら職場やらに迷惑をかけまくって、もう母は疲れ切っていたのだ。
仕方がないので、彼氏と別れて電車に乗り込んだ。
片道三時間。到着したときには既に21時を回っていた。
ナースステーションには数人の看護婦さんがいた。
「なんで呼ばれたんかよくわかってないんですけど……」
そう言うと、看護婦さんが説明してくれた。
まず父は脳が腫れているので、喫煙は厳禁。それなのに吸ってしまった。しかも病室で。タバコを買うために病室から脱走したこともあるらしい。
看護婦さんから渡された紙袋の中には、タバコ二箱とマッチ、それからはさみが入っていた。入院患者用の腕に付けるタグを切ったらしい。もういい加減にしてくれ。
そして、父はまだ小銭入れとタスポを持っている。それを取り上げるために私は呼ばれたらしい。そりゃ、病院側が財布を取り上げたら問題になりそうだもんな……。
病室に行くと、とっくに消灯時間を過ぎているというのに、父はベッドに腰かけていた。電気がこうこうとついている。父の目はどこを見ているのかわからない。足元には、踏むと音が鳴るセンサーがついていた。父はそうやって管理されていたのだ。
「もう父さん何しよんよ」
「おう、飯でもいくか」
「もう夜中よ」
「飯いくか」
すると、父は私が止めるのを聞かずに病室から出て行った。
慌てて後を追う。飯と言われても、もう夜中だ。どこも閉まっている。
そんなこともわからないのか。そんなこともわからなくなってしまったのか。
なんとも形容しがたい気持ちでいると、看護婦さんが出てきた。
もう閉まってますから、夜中ですから、と看護婦さんにいわれ「そうか」とやっと引き返す父。
「何か買ってきてほしいものでもある? コンビニやったら行けるけど」
「お前がお土産何を買ってきてくれたかによるが」
「何も買ってきてないよ。時間なかったんやけん」
「そうか」
この時のことを非常に後悔している。もう少し急げばお菓子の一つくらい買ってくる暇があったはずだ。手ぶらでやってきてタスポを差し出せというだけだなんて、愛想がなさすぎる。
それからは見舞いに行くたび何かしら土産を持参することにした。
「んでタスポどこにあるん」
「まあええやん」
「よくないって。何のためにきたんよ。」
仕方がないから、机の引き出しの中やロッカーの中を捜す。しかし見当たらない。
看護婦さんに聞いて、とりあえず小銭入れだけを預かった。終電の時間が近い。看護婦さんとお互いに頭を下げあって、その日は病室を後にした。
終電には間に合った。はずだった。しかしクソ田舎者な私は、尼崎で乗換に失敗した。
帰れなくなった。仕方ないので難波まで出てそこでカプセルホテルに泊まった。都会ってすごい。